「これから」が、いちばん面白い~ウェルビーイングという人生の描き方~
「先生、私、もうこんな歳ですから」
カウンセリングやキャリア相談をしていると、ときどきこんな言葉を耳にします。
「今さら転職なんて」
「もう若くないから」
「これから新しいことを始めてもねぇ」
30代の方が言うこともあれば、50代、60代の方が言うこともあります。
そのたびに私は、心の中でちょっと思います。「“もう”って、いったい何歳からなんだろう?」と(笑)。30代には30代の不安があり、50代になれば働き方や親のこと、老後も気になってくる。60代、70代になれば、健康や残された時間について考えることも増えてきます。どうやら私たちは、何歳になっても「これから」を心配する生き物のようです。
でも、せっかく「これから」を考えるのなら、心配するためではなく、楽しみにするために考えてもいいのではないでしょうか。

最近よく耳にする「ウェルビーイング」という言葉があります。
私はカウンセラーとして、この言葉を、「自分の人生を、自分なりにいいなぁと思えている状態」と捉えています。毎日が幸せいっぱいで、悩みが一つもないという意味ではありません。落ち込む日もある。仕事が嫌になる日もある。家族に腹が立つこともある。鏡を見て、「あれ?こんなところにシワあった?」と驚く日もある(笑)。それでも、「まあ、いろいろあるけど、私の人生も悪くない」そう思えることも、立派なウェルビーイングではないでしょうか。
以前、ある50代の女性が、「この先、何を楽しみに生きていったらいいのかわからないんです」と話してくれました。子育て、家事、仕事、親のこと……。これまで彼女には、いつも「やるべきこと」があり、自分のことはいつも最後でした。
そこで私は聞いてみました。
「もし、“役に立つこと”じゃなくてもいいとしたら、何をしてみたいですか?」
しばらく考えて、「……旅行かな。北海道のラベンダー畑を見てみたいんです」
そこから彼女の表情が変わりました。
「一人旅もしてみたい」
「写真も習ってみたかった」
「昔好きだったピアノも、また弾けるかな」
出てくる、出てくる(笑)。「何を楽しみに生きればいいかわからない」と言っていた人の中にも、ちゃんと「やってみたいこと」は眠っていたのです。
私たちは大人になるにつれて、「できるか」「役に立つか」「今さらやって意味があるか」という物差しで、自分の望みを測る癖がついてしまいます。でも、これからの人生を考えるとき、「あと何年あるだろう」ではなく、「その時間で何をしたいだろう」と考えてみてもいいのではないでしょうか。
大きな夢でなくてもいい。行ってみたい場所、会いたい人、習ってみたいこと。「一人で温泉に行きたい」でも「推しのライブに行く!」でもいい(笑)。そんな小さな「やりたい」が、人生を前に進ませてくれるのだと思います。
年齢なんて関係ない。大切なのは“これから”をどう描くか。
私自身も、これからの人生を考えることが増えてきました。フリーランスのいいところは、比較的自由に時間を使えること。そして何より定年がありません。「親の介護をしながら」でも、「実家の料理屋の出前を手伝いながら」でも、調整さえできれば仕事は続けられる。AIを学んだり、本を読んだり、知らなかった世界を覗いてみるのも、今の私には楽しい時間です。
若い頃には「何歳までにこうなりたい」と考えていたような気がします。でも今は、「これから、何をして生きていきたいんだろう」と考えるほうが、ずっと楽しくなりました。
数年前から、私には一つの小さな夢があります。それは、「支援する人を支援する場所」をつくること。人の悩みを聴いたり、誰かを支えたりする人たちが、ちょっと立ち止まり、ゆっくり学んだり、お茶を飲んだり、誰かと話したり。「また明日から頑張ろうかな」そんな気持ちになって帰っていける、小さなセミナーハウスのような場所をつくりたいと考えてきました。
少しずつ準備をしてきて、来年あたりには実現できそうです。年齢を重ねれば、できなくなることが増えると思っていたのに、むしろ今になって「やってみたいこと」が増えてきました。
未来は、不安になるためだけにあるものではありません。
「今、何をしたい?」
「これから、どんなふうに生きたい?」
そんな問いを自分に投げかけながら、これからの時間を楽しく描いていく。それが、私にとっての「ウェルビーイング」なのかもしれません。
そしていつか、私の小さなセミナーハウスができたら——よろしかったら、どうぞお立ち寄りください。難しい話は抜きにして、お茶でも飲みながら、「これから、何しようか?」そんな話を一緒にできたら嬉しいです。